数年前から、2年生最後の取り組みとして行なわれているので、経験のあるお子様をお持ちの方も多いでしょう。
参考:上市来小学校はコチラ 西ヶ原小学校はコチラ シンガポール日本人学校はコチラ
今日は、授業で使う「小さい頃の思い出の品3点」「生まれてすぐの写真1枚」を提出する日です。
本当に久しぶりに、クローゼットにしまってあったアルバム数冊
生まれた当日から始まって、幼稚園の頃までのあふれるような写真。
若干若々しいパートシュフと共に、息子の歴史が詰まっていました。
思い出の品は、お出かけの時によく来ていたセリーヌのベビー服。
いつも口に入れて塗装が剥げてしまったミニカー
初めて買った靴下。
残るは、生まれてすぐの写真…。
アルバムの冒頭の写真は、真っ暗です。
フラッシュ
ガラスの向こうには保育器が1台、カメラと子供の間には何枚もの隔たりがあります。
義母は、パートシュフ母子を気遣って
「入院している頃の写真は、将来見せない方がいいわ」
と言いました。
他の子と違う新生児の思い出は、胸にしまいこんだ遠い思い出になってしまうのでしょうか。
この頃を振り返ることは、決して明るい気持ちだけではなく、反省とせつなさ、怖さが伴います。
子供を生んで、一番最初になくした自信。
1750グラムの未熟児だったことを、息子には今まで何度も話してきました。
それは痛い注射や、お腹の検査をして、ようやく授かった大切な命。
お母さんは病院の中で1人で過ごすことになってしまったし、あなたも他の子どもたちとは違うお部屋で、ずっと入院をすることになったから、会えるのは1日に1時間だけ。
初めて触れることができたのは、生まれて3週間も経ってからだったこと。
お母さんは、あなたを連れて家に帰る時、看護師さん達の前で泣いてしまった
やっぱり出発点はこのガラスケース。
現在、130センチの大きな2年生になった息子は、
「僕ってみんなより小さかったのに、今はみんなより大きいね!」
と、特別室に入院していたかのように自慢げに
そして、その写真を持たせることにしました。
これからどんな自分史を作ってくるのか、とても楽しみだからゴージャス。
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息子さんにとってもパートシュフさんにとっても、
生まれたときの写真は、宝物になり、
自信にもつながりますよね♪
実は、私‥パートシュフさんの夢を見たんです!
パートシュフさんのお宅に遊びに行かせてもらう夢でした♪
こんなことってあるんですね。お会いしたことがないけど、
夢に出てくるって‥^^
昔みんなに赤ん坊の時の写真を学校に持ってきてもらったことがありましたが、その時も、こんな風に大事に大事に育てられて、みんなは小学生になったんだなあと、しみじみ思いました。
そんなパートシュフさんが、小学生のお母さんになっているなんて、時の流れを感じます。
今日のBlogに、ちょこっとパートシュフさんから本の感想を書いてもらったことを書きましたよ。
年賀状をくれた誰かが(教え子)が読んでいるかもしれないなあと思って。
この間は、感想をありがとう!!
あはは。我が家もありましたよ。思い出。
赤ちゃんの頃の香りが付いているようで
捨てられないベビー服や、お気に入りのおもちゃ。
おっとが赤ちゃんを抱いている写真を持たせたっけ。
私存じませんでしたけど、パートシュフさんは出産直後
ずい分お辛いお気持ちでしたのね…
乗り越えられて、頑張られて
今の幸せをブログに綴られているのだと
とても感慨深く拝見させていただきました。
どんな写真でも、真実に勝るものはありません。
小さな赤ちゃんだった自分と、今の大きくなった自分…
大切に育ててくださったご両親の思いを
ちゃんと受け止められることと思いますよ〜(^^)
一人一人それぞれが、大切に守られて成長してきた過程を振り返る、きっと最初の作業ですね。
自身の文章や言葉で、どう綴っていくのかまだわからないけど、何だかとっても楽しみ!
夢にお邪魔したなんて、びっくり。
パートシュフも先日、こちらによくいらしてくださるリコさんが夢に登場したところだったのです(笑)!
一緒に泳いで、着替える時に水着の下にパンツをはいたままだったことがわかって、慌てて買いに行く情けないお話でしたけど…
ブログを通してだけど、また今年もたくさんお話していきましょうね、よろしくお願いします。
あの頃、写真を持って行ったことがあったんですね。
当時は生活科がなかったから、国語か何かで使ったのかしら。
今は写真を持たせる側になったなんて、自分でも信じられないくらいです。
お互い若かったものー(笑)!!
本を読んで、先生の本の世界に踏み出しました。
書いた先生の思い、ちゃんと伝わっています。
処分できずにしまってあるもの、結構ありますよね。
今こそ、その出番!って感じ。
未熟児を産んだからこそ見えたこともたくさんあったし、育てていく苦労が多いのも母親修行になっているかな(笑)
息子に伝えながら、結局は自分が乗り越えたかったのだと思います。